弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

医療訴訟の過失論

  〜求められる医療水準

    中小企業法務研究会  医療訴訟部会  弁護士  山岸  佳奈 (2014.03)

事 例: 未熟児として出生した子AとBが、保育器で酸素を投与されたため、網膜症にかかり失明しました。  
  AとBの出生当時はすでに、未熟児網膜症の治療法(光凝固法)が存在し、一部の先駆的研究家の間で実験的に試みられ初めていました。Aのいた病院では当時このような最新の治療法を意識した体制は ありませんでしたが、Bのいた病院では未熟児を検査し光凝固法を実施することのできる病院に転医させる 体制をとっていました。
  5年後、光凝固法の有効性や安全性について厚生労働省研究班の報告が医学雑誌に掲載され、光凝固法は一般的な治療法となりました。
  AとBは、出生当時光凝固法を行わなかった医師に対し、損害賠償請求できるでしょうか。

解説
1  未熟児網膜症日赤高山病院事件判
(最判昭和57年3月30日判時1039号66頁)・・・Aの事案

  この判決は、「人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最判昭和36年2月16日・民集15巻2号244頁)、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるから、前記事実関係のもとにおいて、所論の説明義務及び転医指示義務はない」と判示しました。
  この判決によって、医師に課される注意義務の基準となる「医療水準」の内容が確立されました。医師は臨床医学の実践において行うべきとされる行為を行わなければならず、「医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたとはただちに言うことはできない」(最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁)ことが明らかになりました。

2  未熟児網膜症姫路日赤事件判決
(最判平成7年6月9日民集49巻6号1499頁)・・・Bの事案

   この判決は、「医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない 。」として、一般的に確立された治療法でないことを理由に医師の過失を否定した原審を破棄しました。差戻審では、周辺の類似の特性を備えた病院の運用を踏まえて、医師の検査義務・転医義務等が認められました。
  この判決によって、医療水準は必ずしも一律ではなく、医療機関の性格や所在地域によって変わることが明らかになりました。